ギュスターヴ・モロー《オイディプスとスフィンクス》

ギュスターヴ・モロー《オイディプスとスフィンクス》

作品図と詳細

ギュスターヴ・モロー《オイディプスとスフィンクス》

  • タイトル:オイディプスとスフィンクス(仏: Œdipe et le Sphinx, 英: Oedipus and the Sphinx)
  • 作者:ギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau, 1826年4月6日–1898年4月18日)
  • 制作年:1864年
  • 種類:油彩、キャンバス
  • 寸法:206.4×104.8cm
  • 所蔵:メトロポリタン美術館

作品解説

《オイディプスとスフィンクス》は象徴主義の先駆的画家として知られるギュスターヴ・モローの代表作である。
幻想的な画風で神話や聖書世界を描き続けたモローは本作品においてもギリシア神話の英雄オイディプスが怪物スフィンクスと対峙する一場面を題材としている。

構成要素について

縦長のキャンバスに伸びる岩山の山頂で、美しい女性の顔をした怪物スフィンクスと未来のテーバイの王オイディプスが視線を交わしている。
本作品は新古典派の巨匠アングルの《スフィンクスの謎を解くオイディプス》が着想源のひとつと考えられるが、アングルの描くオイディプスは古代彫刻のような肉体を持ち堂々とスフィンクスに挑む若き英雄であり、スフィンクスの顔は岩場の影に描かれ、あくまでも主役は凛々しいオイディプスである。
一方モローの描くすらりとした体躯にルネサンス風の髪型をしたオイディプスは神話の英雄というよりは詩人や巡礼者のようであり、また大きく羽を広げるスフィンクスの存在感は際立っている。

挑発的な表情のスフィンクスはオイディプスの肌にしがみつくように爪を立て、オイディプスが彼女の謎を解くことができるか試している。一方オイディプスは今まさに彼女の謎に勇気をもって立ち向かおうとしているようだ。オイディプスの足元にはすでに犠牲となった者たちの血の気の失せた手足が描き込まれ、彼が山頂に到着する以前の凄惨な場面を想像させるが、オイディプスが朱色の槍とともに握っている月桂樹の葉が彼の勝利を暗示している。

画面左側には罪の象徴であるイチジクの木が、右側には勝利と栄光を表す月桂樹が配置されている。右側の柱脚には蛇が絡みつき、グリフォンの装飾で飾られた驕奢な聖杯の上には蝶が舞っている。蛇もまたイチジクと同様に原罪の象徴とされやすく、蛇は物質的な富を表す聖杯に向かって柱に巻き付くが、霊魂を表す蝶は聖杯の上を飛ぶ。ここに示されているのは霊的なものの勝利である。

強く挑発的な女性と無力な男性を画面上で対比させるということをモローはしばしば行っており、《イアソンとメディア》や《オルペウスの首を抱くトラキアの娘》等にもその傾向が見られるが、《オイディプスとスフィンクス》においては、モローは物質的で野蛮な獣に最終的に勝利する高潔な人間の魂を強調した。

澁澤龍彦はモローのスフィンクスもまたサロメ同様に『宿命の女(ファム・ファタール)』のヴァリエーションだと評している。また美術評論家のテオフィル・ゴーティエはモローのオイディプスを「ギリシャのハムレット」と例えた。

制作背景、着想源について

1856年、師と仰ぎ親交の深かったシャセリオーの37歳という若さでの死は、モローに強い衝撃を与えた。それまで足しげく通っていた社交界からも遠のき、自宅にこもりがちになっていた。

1857年、自身の表現を追求するため、モローは約二年間のイタリア留学を決心する。ローマ、フィレンツェ、ミラノ、ヴェネツィアなどに滞在し、ミケランジェロやヴェロネーゼ、ラファエロ、コレッジョなどイタリア絵画の巨匠の作品を丹念に模写し、研究した。ヴェネツィアでは特にカルパッチョを熱心に模写した。
ドラクロワやシャセリオーらのフランス・ロマン派の影響が強かったモローが独自の画風を獲得していく大きなきっかけとなったのはこのイタリア留学とみて間違いないだろう。

《オイディプスとスフィンクス》は1860年から描き始めた。モローは本作品のために30以上の準備用スケッチに取り組み、また博物館に通っては鳥や動植物を描くための研究を重ねた。
建築家の父が遺した蔵書や資料などの骨董品や彫刻の図もイメージを固めるのに大いに役立ったようだ。
着想源として挙げられるのはアングルの《スフィンクスの謎を解くオイディプス》や、マンテーニャの《聖セバスティアヌス》、ペルジーノの《アポロンとマルシュアス》、カルパッチョの《聖ゲオルギウスと竜》などである。硬質な描写や色彩に初期ルネサンスの影響が見られる。出品時のサロンではマンテーニャの影響が強いと評された。

主題について

オイディプスはギリシャ神話の登場人物であり、古代ギリシアの三大悲劇詩人の一人ソポクレスが紀元前5世紀に書いた「オイディプス王」はギリシア悲劇の最高傑作として名高い。

テーバイの王ライオスと王妃イオカステの間に男児が生まれるが、ライオスは「もし子供を作れば、その子がライオスを殺し、妻イオカステとの間に子を作る」と神託を授かっていた。神託を恐れたライオスは男児のかかとをピンで刺し、男児を山中に捨てるよう従者に命じた。殺すには忍びないと考えた従者は、山中で出会った羊飼いに男児を託し、男児はやがて子のいないコリントス王夫妻の王子として育てられることになった。ピンで刺された男児のかかとが腫れているのを見て、コリントス夫妻は男児をオイディプス(腫れた足)と名付けた。

成長したオイディプスは自分がコリントス王の実子ではないという中傷を受け、真実を知るためデルポイのアポロン神に伺いを立てるが、返ってきたのは「故郷に近寄ってはいけない、両親を殺すことになるから」という神託だけだった。コリントス王夫妻を実の親と信じるオイディプスはコリントスに帰ることができず、旅に出た。

旅の途中に出くわした老人の一行と道を譲るかどうかで揉め、オイディプスは老人を殺してしまう。この老人こそがオイディプスの実の父親ライオスであったのだが、ライオスが名乗らなかったため、オイディプスは自分の殺した相手がテーバイの王であることに気づかなかった。

この頃テーバイはスフィンクスという女面にライオンの体と羽を持つ怪物に悩まされていた。スフィンクスは山頂を通りかかった者に「朝は四本足で、昼は二本足、夜には三本足で歩くものは何か」という謎かけをし、解けなかった者を食っていたため、テーバイの摂政クレオーンは「スフィンクスの謎を解いた者にテーバイの街とイオカステを与える」と布告した。

テーバイにやって来たオイディプスはスフィンクスに答えた。

「答えは人間だ。なぜならば、赤子は四つん這いで歩き、成長すると二本足、老いると衰弱して杖を突き、三本足になるから」

謎を解かれたスフィンクスは驚愕し、崖から身を投げて死んだ。

スフィンクスを退治したオイディプスは新たなテーバイの王となった。実の母と知らぬままイオカステと結婚し、子を四人作った。かつてライオスが恐れていた神託の成就はテーバイとオイディプスにさらなる災厄をもたらすことになる。

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